7.13

車を買わなきゃいけない気がしてきた。連日の雨で田舎に住む人間は車がないと生きていけないことを痛感したので

衝動性の強さか、決めたことを曲げたくない頑固さや融通のきかなさからか、もうあらかた買うつもりでいるんだけど、

買ったからってすぐ手に入らないし維持できないものを買ったところでどうするんだって話で、慎重にならなきゃいけないところをすっとばしてあれほしいこれほしいと思いを馳せているのだった。見積もりだしたら現実味おびてくるかな、買えるかわからない

 

 

 ○○が東京事変になれるわけないだろって記事を見かけたので、そのバンドの曲をいくつか聞きましたが東京事変うんぬんに関係なくかっこいいんじゃないか、東京事変という比較対象がでかすぎるだけなのではって印象がつよい、聞きかじっただけなのでもう少し聞けば感想が変わるのか

大森靖子が一時期の椎名林檎どうのって言われてたときも思ったけれども、椎名林檎東京事変はそうやって比較対象にされるような時代のものなのかと思うと少しさみしい

先駆けというか椎名林檎がもたらしたものはとても大きい、何というかうまく言葉に出来ないけど私の中ではきらめきや新鮮さは当時のままで身近なものなのに神様になってしまった存在というか遠くにいってしまったという気持ちになる

まあでもお魚バンドきいてるとチャットモンチーを思い出すようにそういうものなんだろうな。感覚のアップデートみたいなものはこれから先望めなくて懐古厨になっていくとおもう

結局はすべてシロップで完結していく人生だし

 

 

バイト行くのが億劫だなと思うとき、仕事できないしコミュニケーションとれないし人に嫌われてるような気がするとき。何をやらせてもどうしようもない人間って本当にいるから仕方ない私のことです

いつもどこにも自分の居場所をつくれないから、私だけフワフワ浮ついているようなここにいていいのか確信が持てない。そもそもそんなもの誰かに許可を取るものじゃないし私の頭の中だけのことで、そんなことグダグダ考えず当たり前のようにそこに存在していたい、

ここにいていいとか必要とか言われたとしても、言われたところで信用できないくせに誰よりも誰かに自分を肯定してもらいたいと思う。

つらいかなしいたのしいうれしいなど、人として当たり前の気持ちがあるとき一丁前に人間してんじゃねえぞって感じで、他人をなぞっているような薄気味悪さがある。そういう部分を抑圧するから最悪の形で出ることになり、自己嫌悪のループにはまっていく。

何もかもを許されたい。生きていてそれだけで、やりたいことがない、他人にいいよとか許可をもらったり指示をもらえなければ何もできない

知能検査したときの結果に、人に養育されたい気持ちが強いってあったのあながち間違いじゃなくて、依存心が強いのかもしれない

そういう自分が嫌なのでできればなかったことにしたいんだけど受け入れないことには寛解はできないんだと。とにかく私が私でいることが最近ものすごくしんどい。私以外の誰かだったら、と考えることが酷くなっている。

幼少期の、自分を受け入れてもらえなかったということがずっと記憶にあって、いつだって相手に受け入れられてもらえるような私でいようと思うのにそんなことうまくいくはずがないのでそのたびに自分でいられなくなり、私は私でいることが辛くなる本当の私はどこに

 

どこかで書いたか、私の容姿がそれほど前提で許容される毎度狂ったように自分の容姿を褒めるようなコミュニケーションを家でもバイト先でもそこかしこでしていたら、鏡に映る自分が一瞬認識できなくなったってことがこの前あったんだけど、脳に暗示がかかったという認識でよろしいのか。

そうしたら気持ちの面で思ってなくても、ありのままの自分でもいいと、変わる必要はないと言い続けることで自分を肯定できるようになるのかしらと思いましたが多分やらないことでしょう

 

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