6.17

f:id:go_nni_10:20170617145120j:image

ちゃ

 

胸の高さまであった髪が肩より短くなった。写真みせてこういう感じでって伝えたから希望通りの長さと形になってよかった。

写真を美容師に見せる行為はなんとなく無理と思っていて、どうせモデルの顔ありきだろって感じで今まで適当に伝えて適当に切ってもらったけど、具体的に説明するの苦手だし話が早いので今度からこのようにしようと思った。

 

髪切ろうって思って予約入れてさっさと切りに行けた自分にびっくりしてる。

美容室は昔から苦手で、髪の毛がめちゃくちゃ伸びた最悪の状態でおしゃれ空間に突っ込んで死ぬのを繰り返していて、毎回二度と通うもんかと思ってたのに私すごい。社会性が身についてきた気がする。

 

人よりも「まだ大丈夫」の範囲がえげつなく広くて人、特に同性から見たらやべえ…ってところまで放置したりするから、そういうところで他人から変だよねとか変わってるとか言われて場合によっては引かれたり距離を置かれるんだけど、人から見た自分が少しわかるようになってきたというか、ちょっとずつ客観性を意識できるようになってきたのかもしれない

上の話でいうと、美容室無理って理由で髪の毛めちゃくちゃ伸ばしっぱなしにするような人からどう見られるかを気にしない人間が、切るときになってまともな美容室で切ってもらおうとする行動のチグハグさがやばい人間認定されてたんだと思う

 

人からどう思われるか気にするくせに、そういう身だしなみというか基本的な人間の習慣を自分の快・不快で疎かにするから、変な印象を与えてしまうんだろうな

いまだにギリギリまで寝たいがために化粧をせずに家を飛び出すことがままあるので、せめて日焼け止めとか下地くらいは塗ったくって家を出たい、飯はぜったい食う時間には起きるくせに化粧はできない。根本的に無駄すぎると思ってる

 

化粧をしてどうなるかを意識しすぎるんだと思う。0か100かの思想なのか、化粧をして顔が上戸彩にならなければ(今の自分の顔から180°変わらなければ)意味がないと思ってた。朝化粧してどうせ夜には落とすっていう一連の流れもよく意味がわからない。

それでも化粧…やるか…って気持ちになれたのは、「化粧してどうなるか」ってことよりも、「化粧をする」という行為自体に意味があるって分かったからだろうな

特に人間の中で生きていくには、それが女性としてのマナーとか慣習とか、暗黙の了解的にしておいたほうがベターなことだって身にしみてわかった。化粧をするようになってから人間が私を人間扱いするようになったし

化粧をすることが常識の人間たちのなかで、化粧をしない人間は第一印象から輪の中に入れてもらえない。特に私は女性との雑談が相槌があまりにも下手くそすぎるし、仕事もうまくできない人間なので即村八分にされる。

化粧した方がいいよって言われ続けてた意味がぼんやりわかった気がした

今は顔色良くなるし、やる気がありそうに見えるらしいので化粧するのも悪くないと思っている

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