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5.16

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クソブログ書くためだけに前の写真ひっぱり出してくる作業まじであほらしい、昔のことを思い出して体が布団に沈む

 

この半年間というかざっくり1年くらいで、内面的な変化がゆるやかにあった気がする。根っこがめんどくさがり、すぐ効果がある/わかることじゃないと動かないので根本的な自分の性格は変えられなかったが社会的/人間的な部分が少し発達したんだと思う。

スカートをはけるようになったり、基本的な化粧の仕方を習得できた。女の子らしいデザインのものを好んで取り入れるようになった。ジェンダーとの差が狭まったので対同性からの嫌な目線が多少減ったように思う。

私は少し感覚がずれているので、世間の基準に合わせた幸せよりも、自分がやっていて楽しいことを追求していくと幸せになれるみたいだった。空回りするだけだしね

 

 

昨日のロールケーキが思いの外母親にささっていてびっくりした。話を聞くと妹も父親もスルーで、話題にすらならなかったらしい。テレビでは特集組まれていて、母の日をお祝いされて幸せそうな人ばかりが映っていて辛くなったと言っていた。

長期休みの期間中に学校の子たちが色んなところへ家族で出かけていることが羨ましくてせがんだけどよそはよそで済まされたときの悲しさと似ていて、今さら言ってもそれはどうにもならないことなんだけど、人間は自分の痛みには敏感にできていてそうやって傷ついているときは人のことなんて考えていられない。

そういうことをするしっぽは私にもあって、気付けないうちに私もしているんだろうなと思った。

大人になったからどう思っていようと形式的にケーキを渡すことだってできるし、よそはよそでしょなんて言わない。言いたいけど。

 

でも自分が一番好きなチョコケーキとはかすりもしないようなロールケーキをあてがわれて喜んでいる母親をみていると、母親を通して自分を救ったみたいで嬉しかったりもした。本も結局売り切れていて買えなかったし

 

一番欲しいものじゃなくても何かしようとしてくれた気持ちが嬉しいってことなんだろうな。ものを渡す側にいると、一番欲しいものを渡したいし、そんなものもらっても嬉しくないんじゃないかなと不安になるのでこの感覚は少し分からないけど結果オーライだった。この感覚はずれてる気がする、食べ物もらったらなんでも嬉しいしそういうことなんだって無理やり自分に当てはめて納得した。

 

あまり良い母親ではないと思っているがそうさせてるのは母親に無関心な父親と子どもたち、自分たちのために走り回る母親よりも妹可愛さに妹を贔屓する祖父母で、そういうのが絡みに絡んであまりよくない方向に出ているんだけど少し同情した。

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